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サリドマイド事件のあらまし

 2016/08/11 日本の薬害・公害
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世界最大の薬害・サリドマイド事件をめぐっては、成書や裁判記録、あるいは組織のオフィシャルページにも、明らかな間違いや矛盾点、そして分かりにくい箇所が幾つも存在しています。これが、個人の発信するインターネット情報ともなると、ばらつきはより大きくなり、信頼性に乏しく精度の低い情報も見受けられます。

例えば、Wikipedia「サリドマイド」の「薬害サリドマイド禍」の項を確認(2016/11/03閲覧)すると、「ドイツでは幼児用の睡眠薬として市販されていたため特に被害が大きかったとされる」と書いています。幼児がサリドマイドを服用した結果、サリドマイド胎芽病が発症したというのでしょうか。よく分かりません。

このページ(リンクページも含めて)では、できる限り整合性のある資料の構築を目指して努力中です。世の中に数多くあるサリドマイド関連書籍や、インターネット情報の正確度を測るリトマス試験紙の役目くらいは果たせるコンテンツにしたいと考えております。本ページも含めて、医療関係者にとって決して避けて通ることのできない「世界最大の薬害・サリドマイド事件」について、知識を再整理するきっかけになれば幸いです。

本ページ(リンクページを含む)は、電子出版しています。
アマゾン Kindle『サリドマイド事件(第2版)』(2016年11月3日)
世界最大の薬害 日本の場合はどうだったのか
『サリドマイド事件(第2版)』
www.amazon.co.jp/ebook/dp/B00V2CRN9G/
2015年3月21日(初版発行)
2016年11月5日(第2版発行)

サリドマイド事件とは(世界最大の薬害)

サリドマイド事件とは、睡眠・鎮静剤サリドマイド(化合物名:N-フタリル・グルタミン酸イミド)を妊婦が服用することによって、胎児に四肢短縮などの障害(奇形)を生じた世界的な薬害事件(1960年前後)のことをいう。

サリドマイドには、サイトカインの一種であるTNF-α(腫瘍壊死因子アルファ)の免疫系内での合成を選択的に抑制する作用がある。

TNF-αは、血管新生作用を持っているので、サリドマイドによってTNF-αの合成が抑制されると、血管新生作用が抑制されることになる。つまり、例えば四肢に育つ組織に血管が作られず、手足の正常な形成が阻害されることになる。

サリドマイドの血管新生抑制作用と不斉合成

なお、サリドマイドを服用した本人に生じる重大な副作用としては、多発神経炎が知られている。

サリドマイド胎芽病

サリドマイド胎芽病とは、サリドマイドを妊娠初期の母親が服用することによって、胎児(正確には胎芽:週齢で3~7週)に生じる障害(奇形)のことをいう。つまり、サリドマイドには催奇形性がある。

サリドマイドによる障害(奇形)の種類としては、四肢の短縮(アザラシ肢症 ― フォコメリア)がよく知られている。ただし、場合によっては、四肢よりも耳の障害が強く出ることもある。また、障害は内臓まで及ぶことも見逃せない。

なお世界的に見ても、その当時、新薬の催奇形性試験が〈義務〉付けられていなかったことは確かである。しかしながら、ある種の薬物等に催奇形性があることは当時から既に世界的な常識であった。

したがって、サリドマイドを妊婦にも安全だとして宣伝する以上は、当時の世界的な学問水準に基づいて、サリドマイド発売前の催奇形性試験は必須だったと言える。

サリドマイド胎芽病と催奇形性

サリドマイド仮説の証明

「サリドマイド胎芽病の原因はサリドマイドにある」とするサリドマイド仮説の最も重要な論拠は次の二つである。そして、それらを裏付ける数多くの資料によって、サリドマイド仮説は証明されたと言える。

1)「奇形児と非奇形児の間で統計的にもっとも差のある因子は、妊娠初期におけるサリドマイドの服用である。すなわち、前者の母親には、妊娠初期にサリドマイドをのんだ確証のあるものが多いのに対して、後者の母親にはそれが少ない(レンツ博士)」。(増山編1971,吉村pp.233-234)

レンツ警告(疫学の考え方、四分表(2✕2表)を理解する)

2)サリドマイド児の発生数は、サリドマイドの売り上げ増加に伴って上昇した。そして逆に、売り上げ低下とともに減少した。全てのサリドマイドが回収されて以降、再び同様の奇形を見ることはなかった。なお、サリドマイド未発売国における同様の奇形は、治験薬によるものなどが少数例あるのみである。

サリドマイド使用量の推移とサリドマイド胎芽病の増減には相関関係がある
サリドマイド販売量を縮刷版20万ページ分のサリドマイド広告スペースで分析してみたら

全世界の生存者は、5,850名(死亡率40%)と推定されている。なお、日本での認定患者(生存者)は309名である。

グリュネンタール社(西ドイツのサリドマイド開発メーカー)

サリドマイド(thalidomide、化学式:alpha-ph[thal]-im[ido]-glutari[mide])を開発したのは、グリュネンタール社(西ドイツ、当時)である。サリドマイド製剤は、西ドイツで商品名「コンテルガン」として発売(1957年10月)以来、提携会社を通じて世界46カ国で販売されていた。

サリドマイドの誕生(西ドイツ&日本)

ところが、販売開始から丸4年後(1961年11月)、サリドマイドの催奇性を疑うレンツ警告(西ドイツ)が出され、同剤は直ちに先進国の市場から姿を消した。

レンツ警告(1961年11月)

レンツ警告とは、「サリドマイド(商品名:コンテルガン)が、1960年代初頭に西ドイツで多発していた新たな奇形の原因である可能性が極めて高く、したがって、直ちに全製品を回収すべきである」とした警告である。レンツ博士(西ドイツ、ハンブルグ大学小児科講師)によって、1961年11月15日(昭和36)に出された。

レンツはここで、「コンテルガンが奇形の原因である」と断定したわけではない。この時点で、母親がコンテルガンを服用したことが確実な症例は、ごくわずかしか集まってはいなかった。もちろん、サリドマイド胎芽病そのものについては、まだよく分かっていなかった。

レンツの偉大さは、サリドマイド児を自ら一例ずつ調査して回り、「奇形の原因としてコンテルガンが極めて疑わしい」ということを、短期間のうちに探り当てたことにある。そしてそれに基づき、「コンテルガンを直ちに回収すべきである」という見解を示した点にある。

レンツは、専門知識・臨床経験をフルに発揮して、疫学調査を忠実に実行したのである。

レンツ警告(サリドマイドが奇形の原因である可能性が極めて高いと警告/1961年11月)

疫学の考え方を理解する

サリドマイドと奇形との間に、因果関係が有るのか無いのかをはっきりさせるためには、疫学の考え方が欠かせない。

疫学とは、広辞苑2008(第六版)によれば、「疾病・事故・健康状態について、地域・職域などの多数集団を対象とし、その原因や発生条件を統計的に明らかにする学問」としている。

サリドマイド事件の場合には、症例対照研究(後向き研究)として行うことになる。つまり、「ある疾病にかかった群(症例群)とかかっていない群(対照群)を設定し、両群における過去の生活習慣の状況を比較する方法」である。

具体的には、調査結果を四分表(2×2表)にまとめて統計学的な分析をする。そしてその上で、必要に応じた素早い対応を取ることが求められる。

レンツ警告の意義は、「疫学調査とその統計学的な処理及び具体的な対策」を示したことにある。

レンツ警告(疫学の考え方、四分表(2✕2表)を理解する)

大日本製薬株式会社(致命的な回収作業の遅れ)

サリドマイド製剤は、日本国内でも販売された。しかしそれは、西ドイツから導入されたものではない。日本国内のサリドマイドは、大日本製薬(株)が独自の製法を用いて合成を行い、1958年1月(昭和33)から販売を開始(商品名:イソミン)した。

サリドマイドの誕生(西ドイツ&日本)

大日本製薬(株)は、1960年8月には、合剤の「プロバンM」を胃腸薬として発売した。その内容は、抗コリン薬の臭化プロパンテリンにイソミンを配合したものであった。なお、サリドマイド製剤はその他メーカーからも発売された。しかしながら、大日本製薬(株)の2製品で90~95%占拠していたとされている。

サリドマイド製剤(イソミンとプロバンM、そしてゾロ品)

その大日本製薬(株)は、レンツ警告後もサリドマイド製剤の製造販売を続けた。大日本製薬(株)がサリドマイド製剤の出荷を中止したのは、レンツ警告の翌年1962年5月のことであり、さらに販売中止(回収)を決定したのは同年9月になってからである。

東京都立築地産院におけるサリドマイド児3例
レンツ警告(日本ではどう受け止められたのか)
イソミンとプロバンM/自主的に出荷中止(朝日新聞スクープ)
フォコメリア確認日本でも、梶井正博士(北大小児科講師)
サリドマイドによる被害調査(厚生省、森山豊東大教授に依頼)

つまり、日本国内でサリドマイド製剤の回収が始まるのは、レンツ警告に遅れること約10か月後のことであった。しかも、ようやく始まった回収作業は徹底したものではなく、後年まで残薬があちこちで見られたという。

レンツ警告後、日本国内での販売中止とそれに続く回収作業が大幅に遅れた間にも、多くの患者が発生している。レンツ警告後のサリドマイド児数は、日本が世界で一番多くなっている。

国・製薬企業共に、レンツ警告の意義「疫学調査とその統計学的な処理及び具体的な対策」を理解していなかったと言えるであろう。

また、日本のサリドマイド事件のもう一つの特徴として、死亡率が高い(生存率が低い)ことや重症度が低い(下肢の障害が少ない)ことが挙げられる。その理由として、無事に生まれたサリドマイド児を死産扱いとしたケースのあることが示唆されている。

疑わしきは直ちに回収すべきであった
回避できたはずの症例、生まれたはずの症例

ケルシー博士(米国FDA)の活躍

サリドマイドは、米国ではついに発売されることはなかった。FDA(米国食品医薬品局)のフランシス・ケルシー博士が、米国メレル社の発売申請(1960年9月8日付け)に待ったを掛け続けたためである。その間当然ながら、発売を急ぐメレル社とケルシーとの間で激しいやり取りが交わされた。(米国での販売予定名:ケバドン)

その内幕は、レンツ警告の翌年に「ワシントン・ポスト」紙(1962年7月15日付)の記事で初めて明らかにされた。そして、時の米国大統領ジョン・F・ケネディは、ケルシー博士を米国の救世主としてたたえ、大統領勲章を贈った(同年8月4日)。

ケルシーは薬理学者であった。そうした彼女の目には、ケバドンの申請資料は「安全性を示す動物実験が不十分に見えた」。そこで「追加データを求め、承認を保留にした」。(「」内引用、朝日新聞記事:1994年11月01日付)

ケルシー博士の活躍

日本のサリドマイド裁判、そして「いしずえ」

日本のサリドマイド裁判(民事訴訟)は、1963年6月28日(昭和38)、被害者家族が大日本製薬(株)を相手に、損害賠償請求訴訟を名古屋地裁に提訴したことに始まる。そしてその後、京都(1964年12月)、東京(1965年11月)などが続き全国で8地裁となった。

当初は、各地域ごとの訴訟団の連絡はなかったものの、間もなく各弁護団、原告団の連絡組織が作られ、東京が中心となってリーディングケースとして訴訟を進めることになった。(1971年11月には、全国サリドマイド訴訟統一原告団(45家族)結成)

日本でも民事訴訟始まる

東京地裁に提訴以来、約5年をかけた準備手続は1970年11月に終結した。そしてそれを受けて、証人尋問(原告側・被告側)が、1971年2月から1973年12月まで約3年にわたって行われた。そして被告側は、1973年12月14日(昭和48)、因果関係と責任を全面的に認め、正式に和解申入れを行った。

サリドマイド訴訟(因果関係・責任論・損害)

和解交渉の末、一時金、年金(物価スライド制)に加えて、財団法人サリドマイド福祉センター(仮称)の設立が決定した。それは間もなく、財団法人「いしずえ」として設立が許可されることになる。

「いしずえ」の取り組みとして、「サリドマイド被害者の健康管理と福祉の増進、被害者の交流、薬害防止等に関する事業」(いしずえWebホームページ)が挙げられている。その中で、薬害防止等に関する事業については、サリドマイド復活問題、学校教育への協力、他団体との交流・連携が挙げられている。

サリドマイド被害者のための福祉センター「いしずえ」

サリドマイドの復権

1964年(昭和39)、全くの偶然からエルサレム・ハンセン病病院(ヤコブ・シェスキン院長)で、サリドマイドがハンセン病患者に多発する難治性の皮膚炎(結節性紅斑)に劇的に効くことが確かめられた。

その後の研究によって、サリドマイドはステロイドを上回る効能・効果(免疫抑制作用、抗炎症作用)を有する薬剤として臨床応用が進んでいる。

そしてついに日本でも、2009年2月(平成21)、サリドマイド製剤の販売が再開された(効能・効果は再発又は難治性の多発性骨髄腫)。さらにその後、らい性結節性紅斑に対する「効能・効果」及び「用法・用量」が追加承認された。(藤本製薬(株)のサレドカプセル)

サリドマイドの復権(日本の場合)

また基礎研究分野では、例えば東京工業大学は、2010年3月8日(平成22)、「サリドマイド催奇性における主要な原因標的タンパク質を同定」したことを公表した。これによって、催奇性を軽減させたより優れた新薬開発への道が開かれたことになる。

さらに大阪大学は、2016年9月8日(平成28)、「レナリドミド(サリドマイド誘導体)による抗炎症作用のメカニズムを解明することに成功」したと発表した。今後、炎症性自己免疫疾患(関節リウマチなど)にいかに応用していくか注目される。

いずれにしても、今後研究を進める上で、徹底した副作用対策(多発神経炎や胎芽病)が欠かせないのは言うまでもない。

サリドマイド事件(半世紀後の今)

サリドマイド事件から半世紀以上が経過した。その間、2005年(平成17)までに、日本での認定患者309名のうち12名の方が既に亡くなっているという。その原因は、交通事故や肝障害、心不全、突然死、心の病など多岐に渡っている。

また、患者が年齢を重ねるごとに、四肢・耳などの障害による日常生活動作の不自由さや、内臓まで障害が及んでいることによる健康不安が高まっている。

サリドマイド事件は決してまだ終わってはいない。

参考資料

サリドマイド事件(年表)
サリドマイド事件(参考文献一覧)

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アマゾン Kindle『サリドマイド事件(第2版)』(2016年11月3日)
世界最大の薬害 日本の場合はどうだったのか
『サリドマイド事件(第2版)』
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2015年3月21日(初版発行)
2016年11月5日(第2版発行)


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