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縄文丸木舟

団塊の世代一代記
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縄文丸木舟とは

縄文時代の丸木舟が日本各地の遺跡で発見されている。それを縄文丸木舟といっている。日本人の祖先は、そのような舟で大陸と直接交流していたのであろうか。日本人はどこから来たのか、日本人のルーツはどこまでさかのぼれるのか。興味のつきないテーマである。

縄文丸木舟で帆柱跡があるものはまだ見つかっていない。したがって、今のところすべて櫂(かい)を使ったペーロン方式で移動したと考えられている。

しかし、黒曜石、ヒスイ、琥珀、天然アスファルトや貝殻など、産地を特定できる交易品の流通経路の詳細な研究によって、縄文人のおどろくべき移動能力が実証されつつある。縄文人は、黒潮や親潮、あるいは対馬海流、そしてそれらの反転流をたくみに利用して移動する海の民でもあった。

東京・武蔵野台地の旧石器遺跡(約3万2千年前頃)から、伊豆諸島・神津島産の黒曜石を使った石器類が発見されている。しかし、神津島と伊豆半島との間には、幅30km(海深200m)以上の海が横たわっている。

渡航具(筏、丸木舟)はまだ見つかっていないが、旧石器時代人がすでに舟を利用して行き来していたことは間違いない。最近では、後期・旧石器時代人が南方から黒潮に乗ってやってきて縄文人の祖先となった、とする説が出ている。

夏の日本海は波穏やかで快適な南風が吹いている

新入社員時代の4年余を私は新潟で過ごした。そこでヨット(ディンギー)を習って日本海でも少し乗ったことがある。夏の日本海は穏やかな南風が陸から吹いており、波はなくヨットには快適な環境にある。

日本海側には砂丘が多い。それが入り組んだ地形を作ればすぐれた港になる。それに、なんといっても大陸に近いのは日本海側である。こうした環境に舟さえあれば、それにもし帆を張ることができたなら、夏の日本海を行き来することは可能と判断して良い。縄文時代の表玄関は日本海側であった。

縄文時代の丸木舟のほとんどが日本海側から発見されている。その数は50艘の単位であるという。その中で、縄文前期のものとしては長崎・伊木力 (いきりき)遺跡や福井・鳥浜貝塚(三方湖)のものなど6例が報告されている。

その内最古の丸木舟については資料によって判断が分かれる。鳥浜貝塚 (約6300年前)としたものがあるかと思えば、伊木力遺跡(縄文前期)としたものもある。

日本各地の縄文丸木舟

三方町縄文博物館HP
三方町内では鳥浜貝塚から2艘、ユリ遺跡から4艘の合計6艘の丸木舟が出土しています。これらの丸木舟は6300年前の縄文時代前期から2800年前の晩期のもので製作年代に幅が見られます。

伊木力遺跡出土丸木舟
海辺に近い湿地で発見された(船底部だけ)
現存長6.5m(推定全長7m以上)、厚さ2.5~5.5㎝、最大幅76㎝
両舷側、舳先、艫(船尾)は失われていた
センダンの木を使用

京都府舞鶴市・浦入遺跡(うらにゅう)
1998年(平成10年)2月4日に、約5300年前の縄文時代前期地層から大型の丸木舟が出土した。全長推定約8mのうち、約4.6m部分が出土、巾約80cm、深さ約20cm、舟底の厚さ5cmであった。

直径二mの杉を割り、焼け石で焦がしながら石斧でくり抜いた様子がしっかりと残っており、分厚く巾の広い構造から外洋に使われたもの(最古級)と判断されている。なお遺跡周辺からは、桟橋の杭の跡、錨として使った大石なども発見されており、当時の船着場跡と考えられる。

島根大学構内遺跡第1次調査(1994年)
縄文前期(約7000~6000年前頃)の泥炭層から、長さ約6m(幅約60cm、厚さ約2~3cm)のスギ板材が出土した。大きさ、形などから、丸木舟(最古級)として使われた可能性がある。さらに第3次調査(1996年)では、カイ2本とヤス柄が、傷ひとつない、全く完全な状態で出土した。これも縄文前期頃のものと考えられている。

縄文時代の年代区分(日本考古学会)

1万3000年前から、草創期
1万年前から、早期
6000年前から、前期
5000年前から、中期
4000年前から、後期
3000年前から、晩期
2300年前から(北九州)、弥生時代
2200年前から(東日本)、弥生時代

三方町縄文博物館における時代区分

これらの年代区分は地域・学説等によって若干異なっている。例えば、三方町縄文博物館HPの説明は次のとおりである。

三方町縄文博物館における縄文時代各時期の年代表示は、三方湖のボーリング調査で検出された年縞年代や年輪年代で得られた最新のデーターをもとに補正した(下記)数値で表示しています。

草創期、14000~11800年前
早期、11800~7000年前
前期、7000~5700年前
中期、5700~4500年前
後期、4500~3200年前
晩期、3200~2300年前

弥生時代の始まりは500年さかのぼる可能性がある?

放射性炭素(C14)年代測定法を用いた最近の研究成果によって、弥生時代の始まりが500年もさかのぼる可能性がでてきた。2003年5月に国立民俗歴史博物館から発表されたもので、各方面で大反響を巻き起こしている。

参考資料

「海を渡った縄文人」-縄文時代の交流と交易-
橋口尚武編著、小学館(1999年)


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